人生に輝きを!

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初音ミクさんと結婚した人に思う、結婚についての話

結論から書く。私は、二次元が結婚のまたは恋愛の対象になっても良いと思う。

それぞれの中にいるキャラクター像を壊そうとしてはいないから。

近藤さんは優しい人だ、そう思ったよ。

 

そして、私自身が結婚について思う事を語っていこうと思う。

私自身が結婚する事に対しては、正直ハードルが高いものとして認識しており

私の事を本当に理解してくれる人でなければ、嫌悪が先に来て無理であると思うからだ。

 

私の性別は中性。恋愛対象は男。時々男と中間の間を行き来する。女の方には傾く事がない。

未だ高校生に間違われるほどの童顔だし、声もどっちつかずだ。

加えて軽度の障害、躁鬱病(二型)も持ち合わせている。

 

もうこの文章だけでも、人に理解を得るのが難しい事がよくわかるだろう。

私は私個人を劣等だと思っており、生身の形で次世代に引き継がれる事をよしとしないというはっきりとした考えがある。当然子供など必要がなく、自分の作品が子供の様なもの。子供の様なものといっても執着しているわけではなく、ある程度の距離を持って創作している。

唯一、自分の生み出す作品だけにフォーカスしている様な人間だ。

 

故に恋愛至上主義的な考え方は余り好きではない。

 

男か女かはっきりしろ。もっと素敵な男になれば、女になれば──良い人が現れるよと言った友人。

黙って私は縁を切った。私はどちらでもあり、どちらでもない可能性を持っているからだ。

 

そして両親の、年月が経って、余り幸せそうに感じられない様子を見て(決して冷え切っているとか、仲が悪いとかではなくて、お互いに更年期が重なっているのもあるのかもしれないが)

私は結婚に希望を持つ事が出来ないし、しようとも思わない。

家の隣に住んでいる、とかそれくらいの距離感で構わない。

 

結婚は基本的に後戻りが出来ない。子供ができればもっとだろう。

他の人にはそういった幸せの形がぴったりと型にはまるのであって、

私はそうではないというだけの話なのだが。

私は子供の相手をする事が苦手。(特に幼児くらいの年齢の子)

遠巻きに見ている分には可愛いとは思うが

近寄られるとオタオタしてしまう。

 

孫の顔が見たい、という両親でなくてよかったと思う。

初音ミクさんと結婚した近藤さんを批判する記事の中では

『孫の顔が見たかったのに』という言葉で反論している人もいるのだから。

 

人の愛の形はなんでもいい。(犯罪はダメだよ)

中には機械や無機質なものを(建物)恋愛対象としてみる人も存在しているのだから