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性別 モナリザの君へ を読んで思った事

表紙と無性別の主人公という設定になんとなく惹かれて購入。

 

性別が中性である私は、どこかマイノリティ的な事でものっているのかな?

と思って中身を読んでみると、少し疑問に思う所がありましたね。

 

最初は皆無性別からはじまって、徐々に体がなりたい性別へと変化していく

という設定は凄く面白いと思ったのですが、

ではどうして、ひなせ達の幼少期、特にりつのエピソードに出てくるものが男女はっきりと別れている様なものばかり出てくるのでしょうか?(車、花のバッジしかり、靴しかり)無性別が当たり前であるはずなら、そこは無性別に則って、性別で区分けをしないものであふれていてもおかしくないのに。

その世界観からすると、大人の衣服なんかは分かれていて、子供のものはジェンダーフリーなもの、とかね。

 

後はりつとしおり、二人が告白するシーンが一番ひっかかりを覚えた。

なぜ、ひなせが異性でないといけないの?

元々無性別の存在だった人達が、どうして男女二元論的な考えに囚われてしまっているの?

無性別を通って生きてきているなら、ひなせ自身が好きだとなぜ言わないの?

と思ってしまったんですよね(りつはそこら辺しっかりと好きになりそうなエピソードがあるので、なんとなく納得は出来るのですが)

 

性別モナリザの君へ、を書いた作者の人はそれこそ現実にいる、無性別という選択を取って生活している人達や、マイノリティな人達の事を考えた事があるのかなって思ってしまった。

私がなまじ性別がどっちつかずの状態で生きているので、ああ結局男女二元論的な考えに作者が一番囚われているんじゃないかなと思ってしまいました(違ったら申し訳ないんですけどね)。後は恋愛は異性で、とかわりと硬い考え持っている人なんじゃないかとかね。(あとがきで美男美女、どちらにも告白されたい、というのが作品の動機だと書かれているし)

 

個人的には無性別が当たり前の子供時代をもう少し見たいなという思いもありつつ、マイノリティな側面が少なからず登場している訳なのだから、性別の押し付けみたいなものはもう勘弁してほしいなという感じ。

というか、あの世界観で子供達が無性別な中でどうやって自分達の性別を男女どちらかに決めていくのかとか

そういった細かい設定などが気になります。憧れの人とか、選んでいる様に見えて実は遺伝子で決まっているとかそんな感じなのかな。

 

気になる所で終わったので次巻が楽しみですが、若干不安な要素もあります。

創作だと現実にありそうな物事は、ずべて反映させなくてもいいから、しっかりと調べてほしいなという思いもありつつ……。